相木城(南佐久郡北相木村)
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mixi記事コピペ――2015年02月27日 14:14
15.02.23.
阿江木城
築城年、天文11(1542)年
築城主、相木常喜
構造、平山城
城主、相木常喜、頼房、信房
廃城年、天正10(1582)年
標高1000m。
現在住宅と田畑と化している相木城は、過去にたびたび発掘調査が行われたが、城館の遺構や遺物はほとんど発見されていない。
“相木氏と相木城”より……
位置──
南佐久郡北相木村は南佐久郡の東にある。村は東が群馬県に接しており、栂峠・武道峠を越えると群馬県、更に埼玉県秩父地方に出られる。上州の白井には関所が置かれた。このため秩父との交通が盛んで秩父産の板碑も2枚あり、秩父事件には北相木村の菊池貫平が困民軍の参謀長として活躍している。この谷の東にある御座山から北相木川が流れ、小海で千曲川に合流している。
城の構造──
この城は佐久の豪族相木氏の根城で平山城に属する。相木城の構造は北相木川の河谷の中で洪積層のやや広い大地を利用して築城したもので、川が大きく曲って城の東・南・西の三方を流れており、そこは高さ10メートルから数十メートルの断崖となっている。北は高い山嶺である。その全域を城郭とし、その中には当時の家臣の屋敷もあったものと思われる。山と川とを利用した自然の要害である。東方は自然の渓谷を利用した大堀切をもって防ぎ、西は坂になっているが、更に西の丸の一郭を設け、その西に小郭を築いて要害を一層堅固にしている。城門は南方相木川近くに設けられて、そこが御門と呼ばれ大手になっていて一郭をつくってある。……
巡回マップ→ https://drive.google.com/open?id=1szYFJmzPavAqrh-vwWlslTX600Q&usp=sharing
アルバム: 長野県1 東信/信濃国
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