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豊饒の海

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写真: 豊饒の海

写真: ミルフィーユな世界 写真: 五番目の貴女

(こんにちは。今日はどうされましたか。)
「こんにちは、先生。今日は頭が痛いんです。今日は、というか、毎年この時期になるとですが。ふとした瞬間に、あの声が聞こえるんですよ。『あったぁっ!』って。思い出すんです、あの暗い夜を、静かな控室を。」
(発表会の類ですか。)
「先生、受験ですよ。中学受験。先生もしたんじゃないですか。お医者さんですもんね。私も、親にそうなるように言われたものです。とにかく、あの声が聞こえると頭が痛くなります。私の番号はありませんでしたから。」
(ご両親から、何かお言葉は。)
「何も無いですよ。彼らは、私にその3年前の成功を重ねていましたから。姉の成功を。」
(お姉さんがいらっしゃる。)
「ええ。とても学業優秀な兄がね、いるんです。今は、国どころか世界を動かす企業で働いています。勉強の仕方を心得ていたんでしょうね。私には無理だった。私は論理的に物事を理解することはできなかった。感覚的に物事を身に着けていたから。」
「それでね、先生。面白いもので、私の方が芸事や運動、家事には秀でていたんですよ。姉はそういうのはからっきし。」
(誰にだって、長所短所はありますよ。)
「そう、そうなんです。ただ、親が見てきたのは勉強の出来る姉でしたから。私は常に比較され続けて、承認欲求を拗らせてしまったんです。」
「感覚的なことには点数はつかない。評価者の主観になってしまう。だから、私は上手く行っていても投げ出してしまう習慣があって。何をやっても中途半端、器用貧乏なんです。」
「でも、さっき言った通り、芸事や家事は秀でているんです、私。そんな私の周りには、やっぱり姉のように、勉強だけ秀でている人がいて、彼らから見たら私は何でもできる人になるんです、先生。」
「こうやって承認欲求を満たしているんです。親は惨めだと憐れみますが、私はやっと自分で自分に自信を持てるようになったんです。なのに、どうして頭が痛くなるんでしょうね。」



【ある分裂病患者の記録より】

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