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1970年 大阪万博の一コマ #10

写真: 1970年 大阪万博の一コマ #10

写真: 1970年 大阪万博の一コマ #9

太陽の塔広場

広場なのに人であふれ返り狭い場所に見える。

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コメント (8)

  • ろごきっと

    懐かしい、いい時代でした。

    2019年9月26日 05:57 ろごきっと (117)

  • たけ丸

    もう
    爆発だー・・・

    2019年9月26日 10:52 たけ丸 (0)

  • norak のら

    ろごきっとさん

    このころは高度経済成長期で日本人はみんな忙しかったです。
    今から振り返れば、それもまた懐かしい良い時代だったんですね。

    2019年9月28日 00:04 norak のら (8)

  • norak のら

    たけ丸さん

    岡本太郎さんですね。
    太郎さんはもともとこの万博の開催に反対していましたが最終的にはプロデューサーとして活躍しましたね。
    「反対の人間がやることに意味がある」と言ってました。
    建造を担当したシンボルの太陽の塔に関して述べた「芸術は爆発だ!」はあまりにも有名ですね。
    なかなか意味深長な言葉です。

    2019年9月28日 00:07 norak のら (8)

  • monroe

    当時、万博は夢の未来都市で、ただただ憧れの空間で、各パビリオンの絵を描いたり紙で工作したりの日々でしたが、遠方ということもあり、とうとう連れて行って貰えませんでした。
    あれから半世紀が過ぎましたが、「人類の進歩と調和」は幻想に過ぎなかったことをつくづく感じています。岡本太郎さんはそのことを伝えるために、敢えて形として残そうとされたのではないかと思います。夢の未来都市は跡形もなく消え去り、巨大な土偶・太陽の塔だけが屹立しているのが象徴的ですね。

    2020年9月12日 01:18 monroe (30)

  • norak のら

    monroeさん

    あれから50年も経ったんですね。
    本当にうたかたの夢のように時代は過ぎていきました。
    当時この会場で仕事をしていた身ですが、毎日が忙しくて殆どどこも見ずに終わってしまいました。

    2025年に次回も大阪で万博は開かれようとしています。「いのち輝く未来社会のデザイン」がテーマですが、これもまた幻想になってしまいそうですね。

    2020年9月13日 01:53 norak のら (8)

  • monroe

    あの会場におられたのですね。とてもお忙しかったとのことですが、時代の最先端の空間にいるという高揚感はあったのではないでしょうか?
    当時私は10歳に満たない子供の上、TVや新聞や雑誌でしか観ることは叶いませんでしが、SFの世界からやって来たようなパビリオン群にあって、太陽の塔だけは、岡本太郎さんの有名なフレーズそのままの「何だ、これは!?」という、何とも名状し難い、他とは全く異質で強烈な存在感を放っていた気がします。大分後になってようやく見た実物は、経年の汚れを纏って凄みを増し、それこそ縄文時代からそこに屹立しているような錯覚すら覚えたものです。それは、弥生に始まる、富と権力に支配された世界になる以前の、誰に媚び諂うこともなく、自然のみを畏れ敬い、その恵みを分け隔てなく共有し、慎ましく細々とながらも、生命を謳歌していた時代に想いを馳せさせるものでした。
    次の大阪万博ですか...今、当時の岡本さんのような、時代の流れに反逆するような大人物がいるのか、もしいたとしても、そもそもプロジェクトに参画させるのか、その辺りは気にはなりますね。

    2020年9月14日 00:25 monroe (30)

  • norak のら

    monroeさん

    過ぎ去った時代は全て平面的に見えてしまうのは勉強不足な私だけでしょうか?

    飛鳥・奈良時代は今から約1400年前、弥生の始りが4000年くらい前、その前の縄文に至っては言うに15000年も前のことだったんですね。

    この時間の奥行を思いますと、如何に縄文時代が長く続いたかを感じます。
    弥生は一種の産業革命の時代だったんですね。
    一言で1万年と言ってしまえばそれがどんな時間かを体感できませんが、奈良時代からの時間の約7倍といえば誰でもその途方もない歴史を感じますね。

    先史以前とか古代とか、はっきりしない過去の呼び方が史実をベールの向うに追いやってしまいます。

    monroeさんが仰るように、縄文のころの地上は大自然と暮らしを共にする楽園だったと考えられますね。
    これは我が国だけでなく地球上のどこでも同じだったことでしょう。
    ウイルスとの闘いも点在する小さな集落単位での事件で、おそらく今のようなパンデミックは起きなかったのではないかと思います。

    文字を持たなかった記憶を発掘されるさまざまな遺物などで補って推測しているだけに過ぎませんが、10年1日の如く生きていた当時の生活を偲ぶとき、幸せはかくあるべきかと、ふと思います。

    2020年9月15日 02:42 norak のら (8)

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